聞き手・文:チャーリー・パリッシュ(Telegraph Magazine)
訳・構成:アマナイメージズ portfolio編集部
今や全世界で5億人以上のユーザーを持ち、
1日に約8000万枚の写真がアップされるという「インスタグラム」。
創業者のひとりでCEOのケヴィン・シストロムが、
学生時代のことから、IT業界に進出するまでを語った。
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インスタグラムを生む前の「ピボット(方向転換)」
ケヴィン・シストロム(以下、S)――IT業界は狭い世界だ。僕らはお互いから多くのことを学ぶ。僕にとって本当に重要だったのはグーグルとオデオでの経験だったし、仕事を通しての出会いだった。シリコンバレーは小さなところで、まわりから学びたいって積極的に思って動くべき場所だよ。だってあまりにも多くのことがそこで起こっているからね。
学生時代の友人でブラジル生まれのマイク・クリーガーと、以前から温めていたアイデアの実現にまい進するために、シストロムはネクストストップ社を辞めた。二人が立ち上げた”Burbn”(彼が一番好きなお酒の名前から来ている)は行き先をチェックし、友達と計画を立て、その過程でポイントを得て、写真をアップするというアプリだった。Burbnはサンフランシスコのベンチャー企業から50万ドルの先行投資を受ける見込みだったが、ユーザーの反応が悪くそれがとん挫した。いたずらに複雑だというのがユーザーの声だった。そこで二人は「ピボット(方向転換)」(シリコンバレー用語で、失敗を認め前に進むこと)をすることにした。
S――婚約者のニコールと休暇でメキシコに行った時、いわゆる啓示を受ける瞬間があったんだ。二人で海辺を歩いていて、いまのビジネスにはみんなの目をひく何かが欠けているって、そんな話をしていた。その時ニコールが「自分で撮った写真を見るといつもがっかりするから、写真を撮りたくないの。あなたの友達のグレッグみたいにうまく撮れないんだもん」って言ったんだ。グレッグもやっぱりBurbnで写真を撮っていた。「グレッグはフィルターアプリを使ってるから写真が良く見えるんだよ」って返したら、「じゃあ、あなたもアプリにフィルターを付けたら」って。
すぐに泊っていた小さな民宿に戻って、電話回線のネットを使って、午後いっぱいフィルターの作り方を学んだ。そのときに作ったフィルターが「X-Pro II」。今もあるやつだよ。作った時そのままの形でね。おかしいのはインスタグラムで初めて撮られた1枚は、ニコールの足と、野良犬と、タコス屋台が写った写真だってことさ。これがインスタグラム最初の1枚になるって分かってたら、もっと頑張って撮ったのにね。
こうしてBurbnはインスタグラムとなり、2010年10月6日にリリースされた。リリース前にシストロムは影響力のある友人にアプリを渡した。例えばツイッターの創業者のひとりジャック・ドーシー。彼はインスタグラムで撮った写真を自分のSNSにポスティングした。期待がうまい具合にあおられ、最初の24時間で25,000人が無料アプリをダウンロードした。(なおシストロムによればこれからもずっと「無料」にするとのこと)。12月の時点で100万ユーザーが登録をした。アプリのシンプルさが受けたのだ。動画録画機能、ユーザー間のメッセージ機能、エフェクトがさらに追加された以外は、今もそのシンプルさは変わらない。
フェイスブック社による買収。そして350億ドルの企業に
フィルターは大好評となった。飼い猫、朝食、休暇、新しい服など、何の気なしに撮った写真が、突如、ギラギラした安っぽいものから、少しハイグレードな見た目に変わるからだ。ついで「セルフィー(自撮り)」が爆発的に広まった。評論家は、インスタグラムは危険なナルシシズムを後押しし、私たちの生き様を真実から程遠いかたちで切り取るものだと批判したが、シストロムはその指摘に異を唱える。
S――僕らの人生のすべての瞬間は、ある特定のイメージを作りだすことでできていると思う。何を着るのかを選択するのもそう。ある人はそれをすごく気にするし、ある人はまったく気にしない。どっちがいいかなんて、僕は決めつけたいとは思わない。それは自然なことで、人間的で、インスタグラムが存在する以前からずっと存在していたと思うから。
2012年4月、フェイスブック社がインスタグラム社を10億ドルで買収。CNNは「話題性だけが先行した、まったくビジネスモデルのない買収」と報道した。3,000万人がインスタグラムを積極的に使っていて、アップルが主催する2011年のアプリ・オブ・ザ・イヤーに選ばれていた。競合する写真共有サービスをせん滅し、すでに動詞(「インスタグラムする」)にもなっていた。
買収が決まるわずか1週間前に5,000万ドルの資金調達を行い、企業価値は5億ドルになったが、その1週間後には投資家は投資価値を倍増させ、多くのアナリストは狐につままれる。サイトも持っておらず、一銭も利益を上げたことのないこの会社に、ザッカーバーグは10億ドルを払ったのだった。2013年10月に「美しくブランディングのできる」有料広告を導入したインスタグラムは、翌年、シティグループのアナリストによって、350億ドルの企業価値があると査定された。
あのタイミングでインスタグラムを売却しなければ、フェイスブックレベルの企業から受けられる恩恵を受けられず、驚異的な高成長をとげることもなかっただろうと、シストロムは主張する。
――インスタグラムの売り先のウィッシュリストはあった?
S――そんな質問ははじめてだ(笑)。ビジネスをやっているといつも誰かしらが興味を示す。いつだって。僕らは立ち上げ5日後にはアプローチを受けた。誰もが知っているような企業にね。問題は、正しいタイミングで正しい人たちと何をやりたいかを理解する、そのバランス感覚なんだ。フェイスブックとやった数々がとんでもなく大きなことになったのは、僕らの組み合わせのおかげだ。ほかの誰と組んでもこれほどのことが起きたか自信がない。僕は預言者としては最悪だから、すべてを肯定して、非常にうまくいったとだけ言っておくよ。
デスクに張りつかない働き方
フェイスブックのような巨大企業に買収されたものの、インスタグラムは相変わらず、比較的小回りの効く体制での運営を許された。社員が200人に増え(買収時には13人だった)、ほぼ全員、フェイスブックの本社があるカリフォルニアのメンローパークにいる。しかしシストロムはなるべくオフィスから出るように、社員に薦めている。
S――アウトドア用品メーカー「パタゴニア」は、社員に有給を与えて、冒険することを奨励してる。登山とかキャンピングとか。僕らはパタゴニア以上だと思う。インスタグラム社の文化を創っているのは、1日中オフィスでデスクに張りついてることじゃないって信じている。僕がオフィスでパソコンを眺めている写真なんて、誰も見たくないだろ?それじゃあインスピレーションを与えられない。インスタグラムは「あなたが世界に飛び出している」ってことを示すものなんだ。
シストロムのインスタグラムをざっと見ると、彼がほとんど、サンフランシスコのオフィスにいないことがわかる。このインタビューへは、ドイツのサッカーチーム、バイエルン・ミュンヘンの練習に参加した後に来た。その前はパリで、パリ・サンジェルマンの試合とパリコレを見学(セルフィーには、ブラジルのディフェンダー、ダヴィド・ルイス、カール・ラガーフェルド、カリー・クロス、ジジ・ハディッド、シェフのアラン・デュカス、ルイヴィトンのアートディレクター、ニコラス・ジェスキエールが登場)。
上司(ザッカーバーグ)と違い、彼はパーカーでパーティーには行かない。ラガーフェルドに会ったときは、ブリオーニのスーツにシャルヴェのニットタイをつけていた。インスタグラム社でも、火曜日をネクタイ着用デーにしようと画策したという噂さえある。
(第3回に続く)
© IFA-Amsterdam/amanaimages,2016
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