2016年、今年は“VR元年”と言われ、3月のPC向けVRゴーグル「Oculus Rift(オキュラスリフト)」、「HTC Vive」の発売、10月に控える「PlayStation® VR」の発売により、VRが世の中に広く浸透する兆しが見えています。
VRヘッドマウントディスプレイ「Oculus Lift」 Images courtesy of Oculus VR Press Kit
しかし、VR元年が始まって半年過ぎようとしている中、予想は様々あるものの、今後VR市場がどれくらい盛り上がっていくのかはいまだ未知数。そんな今だからこそ、VRについて改めて知っておくべきではないでしょうか。
今回、株式会社スパイスボックスの子会社でテクノロジーイノベーション事業会社の株式会社WHITEが発表したVRゴーグル「MilboxTouch」の開発への参加や、VR/ARやハプティクス技術など、新しいテクノロジーのリサーチと新しい体験のプロトタイピングに取り組んでいる山崎晴貴さん(株式会社スパイスボックス)にご協力いただき、今さら聞けないVRの基礎知識を伺ってきました。
――とても基礎的な質問ですが、ずばり、VRとは何でしょうか?
技術を使って、現実にあるものと本質的に同じものを作り出す研究分野のことをVRと言います。
ただ、今世の中が“VR”と言っているものは、実写やコンピューターグラフィックスで作りだした360度の映像の中にユーザーが入っているかのような没入感のある視聴覚体験ができるものです。これはVRという分野の一部でしかありません。
――「MilboxTouch」をはじめとして、私も実際にいくつかのVR機器を体験してみたのですが、VRの仕組みって一体どうなっているんでしょう?レンズや映像の仕組みが気になりました。
自分が向いた方向の映像が出なければならないので、360度の動画を撮影するか、360度のCGを作ります。
VRの撮影は3D映像の撮影と似ているんですよね。人には右目と左目があって、それぞれの目が微妙に違う映像を見ているので、視差の分だけ右目用、左目用のレンズを離して撮影します。右目用のレンズで撮った映像を右目で、左目用のレンズで撮った映像を左目で見ると立体的に見えるという仕組みです。
ただ、VRで使うための高解像度の360度映像を作り出すためには、複数のカメラを360度に配置するか、1台で複数のレンズを持つ特殊なカメラで撮影し、後処理で右目用と左目用の映像を生成しなければいけません。なので、3Dの映像を作るより遥かに手間がかかるんです。
あとは、自分が向いた方向に映像をリアルタイムで追従させる必要があります。頭を動かした時、映像が遅れて動いてしまうと、自分の体で動かしている感じがしないですし、映像に酔ってしまいます。こういった技術を複合することによって、VRが作られているんです。
さわれるVRゴーグル「Milbox Touch」
――3Dだと誰かが撮ったものを見ているという印象ですけど、VRは自分自身がその世界に入っていることが体感できますよね。
そうですね。主体的に見ているという感じがしますね。
映画だと、見ているこちらは監督やカメラマンが見たものを追体験する、という感じですけど、VRは自分が主体的に見ているので、どこを見ても楽しめる演劇やサーカスを見るという体験と似ていますね。
――なるほど。映像で主体的な体験ができるというのは新鮮ですね。
ところで、これまでにもVPL ResearchのRB2システムや、任天堂の「バーチャルボーイ」など、さまざまなVR機器が世に出ていたにも関わらず、今年がVR元年と呼ばれているのはどうしてなのでしょうか?
VRの研究は僕が生まれる前の1960年代から大学の研究室などで行われてましたが、そのころは高価な機材を使っていたんです。仮にそれを使って体験するにしても、5分くらい体験するために何日も前から準備をしなければならない。なので、一般の人はなかなか使うことができなかったんです。その後、何度かVRが脚光をあびる時代がありましたが、やはり一般の人が簡単に扱えるようなものではありませんでした。
その後、2013年にOculusの「DK1」という、1台3~4万円くらいのVRのヘッドマウントディスプレイが発売されて、パソコンに繋げば使えるという状態になりました。VR研究の第一人者である東京大学の舘暲先生(東京大学 名誉教授)が講演でお話されていましたが、昔は1000万クラスの装置だったものが、2014年くらいから10万円ほどになりました。値段が一気に1/100になったことで、VRに興味を持っている先進的なエンジニアやクリエーターが個人で購入できるようになりました。さらに、今年発売された「Oculus Lift」の製品版や、これから発売される「PlayStation® VR」によってVRゲームで遊ぶユーザーが増えるはずですし、スマートフォンをセットして使用する、数千円程度の段ボールやプラスチック製のVRゴーグルを使えば、昔の1/10000の値段でVRをよりカジュアルに体験できるんですよね。
古くからのVR研究者からは怪訝な顔をされそうですが、VRを体験するためのコストが大幅に下がったことで、コンテンツを作る人が増え、そのコンテンツを多くの人が体験できる状況になったことを踏まえて、2016年が“VR元年”と呼ばれるのだと思います。
東京ゲームショウ2015「PlayStation® VR」出展ブース
――「Oculus Rift」の製品版の発売、このあと控える「PlayStation® VR」の発売で、VR機器を手にする一般の人がますます増えると思います。一般の人に広まった時、企業はVRを使ってどのようなキャンペーンを行っていけると思いますか?
広告のキャンペーンは、常に新しいことを追求している領域なので、目新しい表現のひとつとしてVRが使われていると思います。なので、VRが一般の人に普及していくと、今までのような刺激的なものよりは、もっと生活に溶け込む表現が重要になっていくんじゃないでしょうか。そういう点ではVRよりAR(Augmented Reality:拡張現実)の方が広告コミュニケーションにフィットするかもしれません。
たとえば喉が渇いた時に清涼飲料水の広告がふんわり出てきたら飲もうかなと思って買ったりと、自分の体験に合った形でコミュニケーションが行われると納得感があると思います。VRでもできなくはないですけど、現実世界に情報が重なって表示されるARの方が合うと思います。いずれにせよ、広告やコミュニケーションでVRやARを日常使いできるようにするためには、技術的にもそうですし、手法的な面でももっと洗練させていかなければいけないと思います。
――消費者も気軽にVRで新しい映像体験ができますが、一方で、時間が経つにつれて、新しさがだんだん薄れてしまうと思います。そうなったとき、VRの価値はどのようなところにあると予想しますか?
僕もまだ答えが出ていない部分ですが、今までのVRはエンターテイメント寄りだったと思うんです。昨今話題になっているのはゲームですけど、もっと日常で使えるものとか、Facebookなどコミュニケーション領域でVRを使うことができるといいのではと思います。さらに病気の治療に使ったりもできるかもしれない。そうやってエンターテイメント以外のものにも使っていけるんじゃないかと思うんです。
今、VR自体は視覚と聴覚の拡張の部分が一般的に知られていますが、本来のVRの観点からすると、技術を使って五感を拡張することで、現実世界を拡張していったり、超現実的な世界を作り出すことが醍醐味だと思うんです。Oculus Riftがそうだったように、現在はまだ研究段階の触覚や嗅覚、味覚の技術が、多くの人に体験できるものになっていくと、VR自体の可能性も広がっていくはずです。
五感の研究が広く知り渡り、使われるようになると、同じ味のかき氷のシロップでも、色や香料によって違う味のように感じられる「クロスモーダル現象」のような心理学的・生理学的なアプローチがVRの技術をより豊かなにしてくれると思っています。そういった方面の研究が活発になっていくのもの楽しみですね。
様々な領域の研究が一体となった「VR」が、自分自身を拡張する技術として、今後もっと面白くなっていくと思います。まぁ、それがどの分野にどういうふうに使われるかはまだ分からないですけどね。僕もいろいろなことをやりながらまだ答えを探している状態ですね。
VRの歴史に触れながら、今後の展開予想までお話くださった山崎さん。今後のVRの盛り上がりや、VRがエンターテイメント以外のどのような分野で使われていくのか、とても楽しみです。
今回お話いただいた山崎さんをはじめ、VRに関わるクリエイタ―のみなさんにご登壇いただくVRセミナー、amana tech night vol.6「盛り上がってる!?「VR元年」中間決算!」が6月29日(水)19:30~アマナ社屋にて開催されます!VRに携わっている方も、VR導入を検討している方も、VRのこれからについて一緒に考えてみませんか?
山崎さんが開発に携わった「MilboxTouch」製品サイト http://milbox.tokyo/milboxtouch/