プロフィール:岩谷圭介
発明家/エンジニア/アーティスト。福島県郡山市出身。北海道大学工学部卒業。2012 年、日本で初めて小型の風船カメラを使い上空30キロメートルからの撮影に成功。その後も開発を進め打上げ80以上の実績を重ねる。その活動はTV・新聞・雑誌等多数のメディアに紹介され、CM にも起用された。ふうせん宇宙撮影を通して、「やってみる」ことと失敗することの大切さ、挑戦する気持ちを広げていくために活動している。
※この記事はamanaimages.comで過去に掲載されたものです
岩谷圭介さんにお話を伺いました
BRUTUS2015年2月1日号「夢の値段」の特集巻頭にて紹介されるなど多くのメディアから注目を浴びている発明家/エンジニア/アーティストの岩谷圭介さん。風船を上げて宇宙を撮影するという活動を通じて岩谷さんが伝えたいことや、宇宙を撮影するまでの苦労など、写真の裏に込められた様々な努力を中心に伺いました。
──岩谷さんの肩書きは?
発明家/エンジニア/アーティストとして活動しています。発明家になることが僕の目標でした。写真や映像を撮っていますが、それだけが目標ではありません。子ども達には分かりやすくふうせん写真家と説明しています。
──風船をあげて宇宙を撮影しようと思ったきっかけはなんですか?
2011年の大学4年生の夏休み、アメリカの大学生が自分で作った装置で宇宙を撮影したという記事を見ました。宇宙開発って国家プロジェクトで、お金がとてもかかる、自分にとっては遠い存在のものだと思っていたけれど、学生でも出来たということに強い衝撃を受け、自分でもやってみたいと思いました。記事をみつけて、すぐに風船のヘリウムガスを買っていましたね。その後インターネットなどで撮影方法などを調べたのですが、風船を使ったということとカメラを使ったということ、それ以上は分からなかったんです。
それでもなんとかやってみたいという情熱が続いたのは、子供の頃からの「発明家になりたい!」という強い夢だと思います。映画「Back to the Future」のドクにずっと憧れて、ああなりたいって思っていたんですよ(笑)宇宙についても子供の頃から大好きだったのことも重なって、ふうせん宇宙撮影をやってみようという思いにつながったのだと思います。
──実際に打ち上げができるようになるまでにどれくらいかかったのですか?
まずは、風船がどれくらいのものを運べるのかを調べるところから始めました。風船って意外とモノを上げられなくて、マッチ棒数本も上がらないんですよね。計算上では上がる数値が出ているのですが、実際には上げられない。なので、数値だけに頼るのではなく、開発は実験ベースの手探りで始めました。
──最初はどんなカメラを上げたんですか?
実験に失敗はつきもので、最初からうまくいかないというのは自分が大学の工学部での勉強でも学んでいましたので、最初は回収できないことも想定してコストを押さえました。2,500円くらいのトイカメラです。 1回目に飛んだときは、カラー風船を20個くらいつけて飛ばしました。紐をつけていたのでちゃんと回収は出来ましたが、風船がぶつかり合って、撮れたものがブレブレで見れたものではなかったです。
そこで分かったことは、風船はいっぱい付けてはいけないということと、カメラを下に付けると、なんか見たことがある絵で面白くないからカメラを上に向けようということです。
──これまでどれくらいの打ち上げを行って来たのですか?
これまでで述べ73回の打ち上げを行いました。打ち上げるたびに失敗し、そして新たな発見があり。はじめの10回位は市販の風船でしたが、その後は気象用バルーンになりました。最初の頃は撮影に必要な高度も分からなかったし、どんな風船がどれくらいの高度上がるのかも分からなかったです。
そんな中、はじめて宇宙を撮影できたのは11機目です。高度33,000mまで上がりました。全部で16,000点ほどの写真が撮影されていたのですが、実際に写ったものが見える写真は全くない。結露とか、ブレとかで全く分からないのです。でもたった1枚だけ何とか宇宙が見えるものがありました。
──本当にいろんな大変なことがあったと思うのですが、特に苦労したことは何ですか?
たった1枚の宇宙写真を撮影するまで、気がついたら100回以上の地上実験をやっていました。実験以上に大変だったのは、この撮影を合法的に行うための関係省庁との調整でした。最初のことなので、なかなか理解が得られず苦労しました。宇宙の写真撮影に注目されますが、実際には地味で地道な部分がほとんどです。
──衛星写真では撮れない、このふうせん宇宙撮影ならではのものは何ですか?
例えばエアーズロックから日の出を撮ろうと思った時、衛星写真では遠すぎる。そして、地球の輪郭と被写体の陰を同時に写し込むことができません。しかし、ふうせん宇宙撮影ならもっと近いので、ダイナミックに宇宙から撮った日の出が見ることが出来るのではないかと予想しています。自分の街と宇宙が繋がって見ることが出来ることも醍醐味です。
──教育活動もされていますね。
はい。ふうせん宇宙撮影で専用のパラシュートを開発したのですが、それを子どもたちに作ってもらう工作教室をしています。パラシュートの設計図があるのですが、意図をして作りました。この設計図、非言語で作られていて、要所要所で不親切になっています。そのため、設計図通り作ろうとすると作り上がらないのです。
それはつまり、考えたり工夫したり、失敗することを体験してもらうことを目的としているのです。小さな失敗が大きなことを教えてくれる、失敗もまた実りあることであることを体験して欲しい、そんな想いを込めた工作教室を実施しているんです。
──こういった講演やワークショップ活動の目的は何ですか?
子どもたちや学生の皆さんに自分自身の活動を紹介することで、新しいことにチャレンジをする、「やってみる」ということを伝えたいと思っています。サイトで技術をオープンにしているのも、撮影技術を伝えているのではなく、実際に自分がやってきた失敗も含めたプロセスを伝えることで、失敗してもやってみるという気持ちが伝わることが大切だと思っています。
また、実際それを見て真似されても構わないとも思っていて、真似をしてもらえるだけ価値があることで、更に宇宙開発の質があがるきっかけになるとも思っています。でも全部を公開してるわけでは無いですよ。全部公開すると考える余地がなくなってしまいます。あくまで、考えるきっかけ、挑戦するということを体験することを提供しているつもりです。
──これから撮影したいものは何ですか?
今は北海道で打ち上げを行っていますが、いろいろな場所で打ち上げて見たいと思っています。日本は風船を宇宙に上げるには、気象状況や地形などの条件がとても難しい場所なんです。そのおかげか、私が作る装置はとても精度が高く、この技術であれば他のどの場所でも撮影ができそうなのです。ヒマラヤ山脈を見下ろしたいですし、世界遺産とか、グレートバリアリーフとか、撮影したい場所はたくさんあります。
──最後に、アマナイメージズで販売する岩谷さんの写真や映像がどんな所で利用されることを期待しますか?
子どもたちに近いところで使われたらいいなと思います。このふうせん宇宙撮影の活動に共感してもらえる人たちに、この写真や映像の陰にあるストーリーが伝わった嬉しいな、と思っています。それから、自分が想像も出来なかったようなものに使われたらそれもとても嬉しいことです。そんな数多くの機会がアマナイメージズにあると思っているので、そんな可能性を期待しています。
(2015年7月16日インタビュー)