「写真とわたし。」第三回はSNSをはじめ個展などでも精力的に活動をされているフォトグラファー 安藤きをくさんです。どこか懐かしさや切なさを感じる作品が人気の安藤さんですが、ご自身の写真や撮影についての考え方を赤裸々に語っていただきました。

(「写真とわたし。」第一回目第二回目も合わせてどうぞ。)

 

小説家になりたくて上京

—-では、まずは写真を始めたきっかけを教えてください。

はい。もともとは小説家になりたくて上京しました。
上京して、早速書いて賞に出してみたらいいところまでいったんですが、結局落ちてしまって。
その際に審査員の方から 「情景描写が弱い」 とコメントがあったんです。

そこで、情景描写について考えたときに、自分の生い立ちにたどり着きました。
僕は鹿児島の離島の生まれなんです。気候が比較的安定しているので、裏を返せば季節感があまりないんです。
桜も咲かないですし。なので自分は季節に関するイメージや想像力が弱いのでは、と思いました。
せっかく上京して四季を感じられる東京にいることだし、外に行ったときに情景を記録に残して、家で振り返ろう。
そう思ってカメラを買いました。
当時はそこまで写真を中心に活動するなんて思っていませんでしたが、徐々に面白くなってきて街中のスナップ写真を撮り始めたのがきっかけです。

—-安藤さんは、どんな写真が好きなんでしょうか

もともと、建築が好きなので大学では建築を勉強していました。
なので、建築写真はよく見ていますね。
写真そのものが好きというよりは、そこに写っている建物だったり都市の景観、街並みの写真を眺めるのが好きです。

—-人物写真が多いイメージですが、街や建築の撮影依頼もお受けしていますか?

人を撮るイメージを強く持たれがちですが、撮る写真についても街並みや建物が好きです。
街や建築、不動産の物件の撮影とかも好きですね。
あとは美術館などの施設とかウェルカムです。
いつでも飛んでいきます。笑

逆に、苦手といいますか得意でないもので言えば明るい写真や笑顔の写真でしょうか。
カメラを買ったばかりのときは、世の中や社会にうまく入れていない気がしていて、どこか反抗的な気持ちがありました。
ですので、自分に似ている人、何かに諦めていたり、うまくいかないで何か内に秘めている人を撮るのが好きですね。
元気であったりポジティブで明るい写真とは少し距離があるかもしれません。

—- 自分に似ている、という点では一種の自己投影でしょうか

自分と重なるところがあると惹かれるというか、見慣れているというか。
自己投影もありますが、どちらかというと親近感なのかもしれません。

—- 安藤さんの作品内でも、笑顔というよりは、どこか物憂げであったり雰囲気のある表情の人物写真が多いですよね

そうですね。
カメラを意識しすぎない表情といいますか、でも人ってカメラ向けるとどうしても作ってしまうんですよね。
そこが最初大変でしたね、待つ作業といいますか。
なので、めちゃくちゃ撮ってるふりをして、モデルさんがふっと気を抜いたときにシャッターを切ったりと試行錯誤がありました。
5時間くらい撮影時間を確保して、最後の30分の疲れ切って「もう帰りたい」って気持ちがにじみ出た表情を撮ったりなどもしました。

—- そういった一種の気だるさやアンニュイな表情の写真は「見る人が考える余白がある」などとよく言われますがそういった意図があるんでしょうか

余白を作るというよりはむしろ逆で。
自分としては一番詰まっている写真を撮っているつもりです。
構図的な意味での余白は、あまり人に近づけない性格もあって、それが現れていたりもします。

元気なときの写真は駄目なんです

—- 作品やお仕事以外で、いわゆる日常の記録写真は撮られますか?

日常の写真は正直無いですね。
カメラは自分の中では小説や建築に比べるとあとから入ってきた要素なので、 あまり私的な写真は撮らないです。
日常の雰囲気のある作品、というのはありますが。

日々過ごす中で、週に1回くらいすべてから逃げたくなるときがあるんです。
そういうときにシャッターを切るといい作品が生まれます。
逆に、何かがうまくいって心がフワっとしたときにもシャッターを切ります。
それは、嬉しいとか楽しいという感情ではなくて、成功の向こう側の変な不安に襲われた時です。
心が元気なときに撮ると、きれいに撮ろう!という気持ちが働きがちで、良くないですね。
不安な要素がなさすぎて、見てる人にとってはつまらない写真になってるなって。

最近、会社に勤め始めたのを機に、小さいソニーのカメラを買って使っています。
気軽に持ち運べるので、通勤時などに活躍してくれてますが、シャッターを切って家に帰ってみるとその時の感情が写真でよくわかるんです。
「ああ、今日は元気だったんだな」って。元気なときの写真は駄目なので。

—- 元気なときの写真は全部駄目なのでしょうか

何も思うところがない写真が多いです。

—- でも、撮りたいっていう前向きな欲求が有るから小さくて便利なカメラを買ったんですよね?

はい。
でも、撮りたい!って元気なときの写真は本当になんでもない写真になるんです。
そこが難しい。
うまくいかないですね。
頑張りたいときに頑張った写真が駄目で、つらいときにつらくシャッターを切るといい写真が出て来る。
あ、つらいというのも、嫌だなって落ち込んでいる時ではなく、すっと抜けるような気持ちになっている時です。
例えば電車に乗って「今日はしんどかったな」って下を向く感じではなくて、
「この電車はどこまでいけるんだろう」
「降りる駅通り過ぎたらどこにいくんだろう」
とか、気持ちがローに入って、ぼーっと考えてるときが一番いろんなものを感じられるんです。
少しのあきらめを帯びていたり、邪念が消えたような感覚のときです。

—- 意図的にギアをローにするときはありますか?

ありますね。
ほんとに嫌なことばっかり考えたりして。笑
まあ基本的にはいつも、ほとんどローなんです。
仕事するようになってギアを少し上げるモードを作った感じです。
仕事モードを抜いて、ギアをローに入れ替える感じにも近いかもしれません。

—- 仕事での撮影と作品での撮影は別でしょうか

そうですね
そこが問題でもありますね。
仕事だから頑張りたいんですけど、あんまりやる気出しちゃうと良くない。
どこかで見たこと有る写真になってしまったこともありました。
その辺、自分でもっと制御できるようにならなきゃなって思っています。

—- 仕事でもギアをローでいられるように、と

そうですね。
安藤きをくとしての撮影は仕事でも作品作りでも、ギアをローにしていかないとあまりいいものができない。
ギアがローの状態で、周りからはスイッチ入ったなって見られるように知って貰う必要があるなと思います。

「よろしくお願いしまーす!」みたいな元気な雰囲気は自分はあまり得意ではないんです。
周りに合わせて、うまくいくようにって頑張っちゃってあまりうまくいかないこともありました。

以前、撮影現場でスタッフとコミュニケーションが上手く取れずものすごく悪い雰囲気だった時がありました。
みんなとても不安で不穏な表情。
そのなかでシャッター音がだけが現場に響いている状況に、すごくゾクゾクしました。
結果、とてもいい写真が撮れていて。
このケースは意図せずですが、やはり雰囲気を作っていくのも大事だなと学びました。
とはいえ、誰かが怒ったり不安になったりするのではなく、静かな雰囲気で撮影が進む方向に考えています。
誰もいないかのような空気感ですね。
なので、最近はギアをローにするよう言葉数を減らして研ぎ澄ましていく感じで撮影に臨んでいます。

純度が高いクリエイティブを世に出したいですし、そういった意味での現場の雰囲気を大事にしたいです。
色々悩んだ末ですが、そういった想いを共有できる人とお仕事ができたらと思っています。
そのためには、こういった意図や現場の雰囲気づくりをわかってもらえるよう、発信や発言しなきゃいけないって思っています。
こんな生意気なこと言ってたら仕事がこなくなっちゃうかもしれないですけど、まだまだ若手なので、今たくさん足掻いて20年後に抜きん出てればいいなと。

—- 現場ではスタッフ同士の理解、阿吽の呼吸などありますよね

そうですね。
そこでいうと、僕ってよく撮影中独り言を言うんです。
一人でカメラ持ちながらブツブツと。
それを周りから見ると、悩んでてうまく撮れてなく見えて、不安に感じられるんです。
当たり前ですが。笑
でも僕の場合、独り言を言い始めた時こそ、試行錯誤しながらいい方向に作品が進み始めて、楽しんでいるときなんです。
そういうのもきちんと知ってもらわなきゃいけない。

写真の本質的な需要が見たい

—- 個展をよくされているイメージが強いですが、写真の楽しみ方、アウトプットについてはいかがでしょう

実は、あまり誰かに見せたいって気持ちは大きくないんです。
自分でひっそりと写真を見返すのが好きです。
基本的には、まず第一に自分がどう思うかを大事にしています。
でもそれでは前に進むことは望めないので、個展を開いています。
作品を見ていただいて「この写真を飾りたい」と所有欲をくすぐれたら嬉しいですね。

少し話がそれますが、個展と違った楽しみ方も考える時があります。
例えば、写真を撮って家に帰って確認して「はっ」となるものが撮れていたとして。
それをデータなりプリントなりで保存して、翌日地球が滅んで、100年後とかに宇宙人が偶然写真を見つけて「これきれいだな」って思うとか。
ちょっと極端な例ですが、時間の経過を置いた写真の楽しみ方も好きです。
写真が持つ意味合いや重さが大きく変わるなって思います。
写真をこっそり隠して、数十年後に孫とかが見つけて「こんなのでてきたんだけど!」って。
そして、その写真で家族が色々話してくれたらなって、そんなことも思います。

撮ったばかりの写真だと、「もっとレタッチ」できるなとかあるじゃないですか。
でも、例えば100年前の写真なら、これは手を加えるべきじゃないって話になるはずで。
なので、写真には時の経過が欲しいですね。
個展などで自分の写真に良い評価をしてくれた人が、30年後とかにまた見に来てくれて。
まだぼんやり覚えててくれたら、それは面白いなって思います。

—- 今回ForYourImagesに参加していただきましたが、販売サービスについて思うところはありますか?

作品の売り方について考えたときに、個展だと僕がいるときにしか売れない、とかあるんです。
本人がいるし買ってあげなきゃなとか、写真の善し悪し以上の部分が関係していたりすると思います。
でも、Webサービスだと僕の名前はそこにあるけれど、必要でなければ買われないし、必要であれば買われる。
一種のドライさ、写真の本質的な需要が見える。そういうところが良いなと思ってForYourImagesに参加することに決めました。
売れるかどうか、需要があるのかどうか楽しみです。

 

安藤きをく  フォトグラファー

1989年 鹿児島県生まれ。SNSに突如して現れた謎のフォトグラファー。中肉中背の見た目とは裏腹に、物語性のあるノスタルジックな作風で人気を博している。現在は株式会社バケットにて物撮りを中心にカメラを握っている。趣味はゲーム・読書、とのこと。

https://twitter.com/kiwoku89

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